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【喜六×日向時間】 水を育む時間『森林と水』

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【フォトメッセージマガジン『日向時間』アーカイブス】 

水を育む時間『森林と水』
植物社会学者 河野耕三

はじめに
 日本は豊かな降水量に恵まれ、国土のほとんどが森林成立の条件を持っています。日本の森林を大きく分ければ、気温の低い方から針葉樹林 → 夏緑広葉樹林 → 照葉樹林(宮崎県を代表する森林)となります。森が成立する最大の条件は水です。次に温度、土壌が続きます。ですから、豊かな森の存在は、とりもなおさず豊かな水の存在を意味しています。しかし、豊富な降水量の意識はあっても、その水が私たちやその他の生物が生きるため、利用できる水になるには森の役割が大きく関わっていることを、日頃意識することはあまりないような気がします。

森と流出量
 まず下流域に出てくる水量の問題です。皆さんご存知のように森林は高木層、亜高木層、低木層、草木層といった高さの違う植物が空間をすみ分け的に利用して生きています。そのことで、森に降った雨の一部は地上部に届くことなく空中に戻されます。内訳のひとつは枝葉遮断による蒸発であり、もうひとつは葉の気孔からの蒸発です。この蒸発・蒸散量は思ったより多いのです。条件によって違いはありますが、降った雨のおよそ20%近くが、蒸発・蒸散で失われます(服部他、1989)。この量は水面からの蒸発量の約1.3倍になると言われています(近藤他、1994)。
 植物は生きるために常に水を根から吸収し、光合成をし、その過程で水を蒸発させています。森があるがゆえに消費される水の量は想像以上に多いものと言えます(メモ:蒸発・蒸散を一概に損失とみるのは問題です。空中湿度保持や温度緩和、生物生息環境形成などの効果があります)。この現象だけを考えると、下流域で生活する私たちにとっては、森をなくし森が消費する水の量を減らしたほうが良いような気がしてきます。現に、各種の実験から、森林植生を伐採すると年間の流出量が増加することは明らかになっています。
 しかし、果たしてそうでしょうか。森林生態系の持つ機能はそんな単純なものではないはずです。裸地と森林で流出時間と降水流出量をみると、裸地のほうが降雨後短時間でピーク流出に達し、森林の数十倍の降雨が河川に流出します。5時間もすれば、ほぼ降雨前の状態に戻ります。
 
 一方森林では流出量は少し増加するだけで、その量が30時間以上も持続します(小川、1983)。裸地化で劇的に増加した流出水は多量の土砂流出量を生み出します。その量は森林と比較して4、5桁の違いがあるといわれます(鈴木、1994)。こうした流出量の平準化は森林の持つ大きな特徴で、洪水や渇水の危険度を減少させ、利水効果を高める水源涵養機能のひとつに挙げられています。
 森林が流出量平準化機能を持っている背景には森林土壌が大きく関わっています。
 森林土壌は岩石が風化した母材料にさまざまな生物起源の材料が混ざり合ってできたもので、樹木や下草が存在する基盤であり、水分や養分の供給源です。また、森林植物の根の生活の場であり、ミミズやダニ、トビムシなどの土壌微生物、カビやキノコ、バクテリアなどの微生物の生息の場となっています。
 発達した森林土壌は、隙間の多い団粒上構造が発達しスポンジのようになっています。湿度を保った間隙は林内地表に達した雨を速やかに地中に吸い込みます。土壌浸透能力は降雨量よりはるかに大きいため、相当量の激しい雨でも降らない限り地表流にはなりません。地中に吸いこまれた雨はしみ込んだ深さによって下流に流れ出る時間が違います。流出時間が遅くなる分、森林域での保水量も多くなります。

森林土壌と養分物質

 次に水の質の問題があります。森林土壌は森林を構成する生物たちが気の遠くなるほどの時間をかけて創り出してきた巨大な養分の貯蔵庫ですが、一方では雨水や林内雨を中和・濾過する働きを持っています。森林がなくなるとその機能が失われます。そして養分流出量が伐採後2年目で、硝酸窒素で約53倍、カリウムで15倍、カルシウムで8倍、マグネシウムで6倍にもなります(Likens他、1970)。
 森林土壌生成物質の中で特に注目すべき養分のひとつにフルボ酸鉄があります。フルボ酸鉄は近年海の植物にとって極めて重要な物質であることがわかってきました。葉緑体や硝酸還元酵素の材料であるからです。そのフルボ酸鉄は森林土壌で生成され、河川を下り海へと供給されるのです。森林が海と密接に繋がっているひとつの例といえます。
 
おわりに

 ここでは森と水との関わりに絞って見てきましたが、大事なのは、森林が持つ多面的な機能を常に意識することです。多面的な機能のひとつだけを取り上げ、定量的に評価するだけでは、ときに大きな誤解をしてしまうことにもなりかねません。森林が持つ機能は総合力として発揮されるものです。森と水を考えるとき、目に見える地上部だけでなく土壌とセットで、しかも目に見えない動植物たちまで視野に入れた理解が必要なのです。

河野耕三
1948年1月28日生
植物社会学者
『自然は意識して残さなければならない。世界の素晴らしい自然は、必ず残すために働いた人(達)がいる。今や人が関わらないで残る自然は、この地球上にはない』このことを常に考えることが大事。

(2006年秋号 植物社会学者・河野耕三氏 水を育む時間『森林と水』より)
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